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2009年9月

This way, that way

納得するとチカラが沸いてくる、
ということについて。

今、翻訳の仕事と平行しながら、
小さな英語の塾を開いています。

両方とも片手間には出来ない仕事
(おそらく、世の中の仕事はみなそうでしょう)
ではありますが、とにかくやってみようと思ったわけです。

そして、塾を開いたのですが、
「なぜ英語を勉強することが大切なのか」について
考え続けていました。

  ○英語が話せるとかっこいいから。
  ○高校受験、大学受験のときに困らないように。
  ○海外旅行に行ったときに便利だから。
  ○TOEICの点がいいと、手当てがつくから。
  ○話せないと仕事で困るし。

などなど、
いろいろあります。それは間違いではないし、
誰の本音もその辺にあるんじゃないかと思います。

でも、これらの理由だけなら、
「やりたい人だけ英語を勉強すればいいじゃん」
てことですよね。

でも、義務教育期間に英語の学習は始まります。

「なぜ日本中の子どもは中学生になったら、
英語(外国語)を勉強しなければならないのか」

考え続けた結果、一つの結論に達しました。
学術的な裏づけはないのですが、
なかなかいい考えです。
(↑誰もほめてくれないので自分でいいます)

自分で納得できればそれでよし。

キーワードは「自立」です。

で、納得できたらチカラが沸いてきまして、
チラシを作成、今回は印刷は印刷やさんにお任せし、
今週月曜日に新聞とともに配達してもらいました。

世の中、いろいろな考え方がありますが、
どれか必ず一つが正しい、というものはない。
あんな考えも、こんな考えもある。

これって、言うは易し、行うは難し、です。
皆自分の考えが正しいと思っている。だから、
なかなか他の考えを是とできない。

しかし、それもまたよし。ただ、チカラを出すには
自分が納得しているかどうかが大切、というお話。

『アラスカ物語』

アラスカ物語 (新潮文庫)

著者   新田次郎
発行   新潮社

「彼は最後の力をふりしぼって歩いた。
北東の空に次々と巡って来ては去って
行く、星の動きに時間的な補正を
加えながら、その星の動きとの談合も
できないように頭がぼんやりして来た
ときが、この身が終わるときだと考えていた。

寒さが身にしみた。食べていないからだった。
身体中が痛んだ。手足の感覚がうすれて
行きそうだった。」

アラスカで生きた日本人の物語。
驚愕のノンフィクションです。

明治元年、宮城県の医者の家に生まれた
一人の男がアメリカに渡り、エスキモーと
アラスカの地で生きた半生を描いています。

かなり前にこちらのブログでこの本を知り、
なんとかかんとか読み終えました。

とにかく、苦労、苦難の津波なんですよ、
フランク安田(主人公)の毎日が。
引用した部分に「最後の力を…」なんて
書いてありますけれど、これってまだ
本の冒頭部分です。

その苦労、苦難をまた、フランクが
ガッツで乗り越えていくわけです。
とてつもなく頭もよく、それに加えて
心もあたたかいフランク。

かっこよい日本人です。

自分の毎日はどうだろうか、と
考えさせられた一冊でした。
ヤスミンさん、本の紹介をありがとうございました!

最近、ガッツが足りない…って方にお勧めです。
ガツンとやられます。

教育についてのありがたき教え

友人がいい本を紹介してくれました。

『やる気を起こす奇跡の「大逆転教育」』

“やる気”を起こす奇跡の「大逆転教育」

著者   森均
発行   産能大学出版部

『それでも学歴を追い求めるのか』

それでも学歴を追い求めるのか―これからは生き方学習と専門職の時代である

著者  森均
発行  産能大学出版部

著者は元高校教師で、教え子が
11年連続で税理士試験に最年少合格という
記録を作る原動力になった方。

私が英語を教える仕事を始めて、いろいろと
考えていたときにこれらの本の存在を教えてもらいまして、
へ~とかは~とかいいながら読みましたが、
勉強でも生活でも人生でも大切なのは、

リズム

だという結論にひとまずたどり着きました。
本にはそんなことは書いていないのですが、
勝手に解釈です…

自然は「夜と昼」というリズム、「四季」という
リズム、「生と死」というリズムなどなど、
さまざまなリズムを刻んでいます。

当然ながら人間も自然の一部。
自然のリズムに合わせて、自分自身の
生活のリズムを作っていくのが
非常に大切、ということなんだろうと思います。

呼吸にだって、吐いて吸うというリズムがありますし。

以前、会社勤めだったときに、
「文章にリズムがない。生活にリズムがないからだ」と
先輩に叱られたことがあります。

顔面をこぶしで殴られたようなショックがありましたー。
でも、言われてみれば、気持ちがなかなか切り替えられず、
生活にリズムはなかったなー^^

今は「忘却力」が強化され、しかも、会社員じゃなくなった
ことで、以前よりもリズム感のある生活になりました。
忘却力の強化も自然のリズムの一部でしょうか。

紹介した2冊の本は、「あまり成績のよくなかった学生が
やる気をもって税理士などの国家の資格試験に取り組み、
実績を挙げた」ことが話の出発点になっているため、
「学歴は不要」と聞こえるところがありますが、
学歴の有無、学歴を求めるか否かに関わらず、
親御さんや学生さん、先生の参考になる本です!

今これ読んでます

"Charlotte's Web"

Charlotte's Web (full color)

Author        E.B. White
Pictures by  Garth Williams
Publisher     HarperCollins

映画『シャーロットのおくりもの』に原作が
あったとは思いもよらず、図書館で見つけて
借りてきました。まだ読んでいる途中なのに、
明日が返却日。少々あせっています。

Charlotteは賢人(クモですが…)。
かなりいいこと言うのです。

"You must try to build yourself up.
I want you to get plenty of sleep, and
stop worrying. Never hurry and never worry."

「元気になろうとしなくてはいけないわ。
十分睡眠をとって、心配はしないこと。
急いではいけないし、心配もだめよ」

まだ最後まで読んでいないので、
ここまでにしておきます。

「散歩」は楽なことの代名詞?

スクール・オブ・ロック スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

映画"School of Rock"(2003年)を見ていたら、
"no walk in the park" という言葉がありまして、
「ラクじゃない」という訳がつけられていました。

walk とは、"take a walk(散歩する)" にあるように
「散歩」。例えば、"Let's go for a walk
in the park!"と言えば、

「公園を散歩しに行こうよ」

という意味。

"no walk in the park"が「ラクじゃない」のであれば、
"walk in the park(公園を散歩する)"のはラクな
コトの代表格なんだろうか。

確か、日本のアイドルの曲に
"walk in the park"というのがあった記憶が
うっすらとありますが、これは散歩について
歌った曲なんだろうか。

と、考え始めましたが、
深追いするのはやめまして、
"no walk in the park" は
「(公園を散歩するように)ラクじゃない」という
ことだけ、今日は押さえておきます。

水曜日の友だち

Rimg1485














9月初旬、ある日の夕焼け。

少し前に、
「英語で水曜日がつづれるか」という
壮大な?テーマについて書いてみましたが、
「水曜日」にはとても仲のよい
中学時代の同級生がいます。

「水曜日」と同じく、
中学で習うけれどもなかなか
つづりが覚えていられない単語がある、って
いう意味です…

それは、

「1月」
「2月」
「11月」
「木曜日」

さて、書けるでしょうか。
この場で書いてみましょう。

それでは、答えです。

January
February
November
Thursday

どうですか?
これを機会に練習を!

最近、英語に関する本を図書館や
書店で探すのですが、あまりに多くの本が
出版されていることに驚きます。

中規模の書店でも(本屋さんにあるということは
比較的新しい本だけ、ということ)、数百冊はありました。

@_@

ということは、「これだけやってれば、一ヶ月後には
あなたもネイティブ!」とかいう、インスタントラーメンの
ような方法はないってことですよね。

最近、方法論についての本がたくさん出ていて、
よく売れています。私も『考具』や『アイデアのヒント』など
たくさん読みましたが、その結果、
「人の数だけ方法論がある」という、振り出しに
戻るような結論に達しました。

新たな方法に対してオープンであることには
意味があるけれど、方法論に固執することには
意味はない、ってことで。

イチローの9年連続200本安打達成を見て、
「日々の努力を怠らないことが大切だ」と目覚めるも、
「それはできないから、せめてイチローと同じ
ように毎日(?)カレーを食べよう」と思う人は多いだろうな、
と思いました。私もこの種の人ですが。

話が右往左往していますが、言いたいのは、
英語の学習法で、あれがいいとかこれがいいとか、
それじゃだめとかどれもだめとか、いろんな意見が
ありますけれど、自分が継続していくなかで
自分にあった方法を見つけていくのがベスト、
という結論です。当たり前か。

世の中、当たり前で出来ているんですね。

「英語は発音が正しく言えれば、つづりは
覚えなくても、正しく書ける」という
説(かなりおおざっぱな言い方ですが)をちょっと読んで、
え~、そうなの~?、でもまずは発音以前に
どの単語をどう発音するか(意味と言葉の対応)を
覚えることが必要なんじゃないの?と疑問を持ったところに、
イチローが200安打を達成したり、本屋さんで
たくさんの英語学習本を見て、いろいろ考えたことを
まとめたのが今日のエントリーです。おわり。

"After you" の spirit

Rimg1483















去年は豊作だったイチジク。
涼しい夏の影響で今年は今頃熟しはじめています。

さて、歩道が細くなっているところで人と
すれ違うときに、"After you" と言われることがあります。
直訳すると、「あなたのあとで。」つまり、
「お先にどうぞ」ということ。

同じことを意味するのに、
「私はあなたのあとに通ります」というときの
主語は「私」で、
「あなたが先に通ってください」というときは
「あなた」が主語というのはこれいかに?

これが英語と日本語の違いです、とまでは
私はいいきることはできませんが、
発想の違いというのは確か。

これも、よし悪しの問題ではなく、
「異なる」ということ。

ところで、「行き過ぎた資本主義」とか「強欲資本主義」が
幅を聞かせている時期には、"after you"の精神は
かなり薄れてました、という気がします。

人間、時代とは切り離せないな。
というより、人間が時代を作っているのか…

いずれにしても個人的に猛反省。
あんなこととか、こんなこととか。

今は情報の行き来が早いので、
例えばメールの返事が遅かったり、
携帯電話に相手が出なかったりすると、
いらいらすることもありますが、
いらいらしつつも、『今、「自分の都合」>「相手の都合」って
思っているよね』と自分で突っ込みを入れたりします。

「あなたの都合を優先してくださいね」という
"after you"の精神を時代に左右されずに保つためには、
まず自分のハラを決めることだなあ、と
必ずしも善人ではない私も思うのでした。

厳しい現実を詩的に伝えるNYT

Rimg1486














夕日がきれいな季節になりました。

さて、英語のお話。

The New York Times から。

"The sun somewhat feels closer here, more intense,
more personal. As Philip Lolua waits under a tree for
a scoop of food, heat waves dance up from the desert
floor, blurring the dead animal carcasses sprawled
in front of him."

"Lush Land Dries Up, Withering Kenya's Hope"
by Jeffrey Gettleman from Lokori, Kenya

「ここでは太陽がもっと近く、強烈で、個人的なもの
に感じられる。Philip Lolua氏が木陰で一すくいの
食べ物を待つ間、砂漠から熱波が舞い上がる。
熱のせいで、Lolua氏 の前にだらんと伸びた動物の
死骸の輪郭もぼやけてみえる。」

ケニヤでは干ばつがひどく、青々とした牧草地は
乾き、家畜は水不足で死ぬ。ちいさな子どもも死に、
Lolua氏自身の死もそれほど遠くなさそうだ、と
記事は続きます。

厳しくつらい現実が鮮明に描かれ、
やるせないほどの悲しみが感じられます。
写真のチカラも大きいけれど、描写を読めば、
その風景がはっきりと、天然色で目の前に
浮かんできます。

気候や政治など個人の力ではどうにもできない
事情で人が死ぬ。現実に苦しむ人々の絶望感を
我がものとして読者に考えさせる。

これが文章のチカラ。

記事を読んだあと、極限のアフリカと比べたら
自分を取り巻く世界はやさしく穏やかで、食べ物がうまいとか
まずいとか、誰が何を言ったとか言わないとか、
暑いとか寒いとか、それほどたいしたことではない
ように感じます。不幸は比較から始まるとみうらじゅんが
言っていた気がしますが、この手の比較は
時には必要かもしれない、と思う。

こういう記事を読むと、金にならなくても
新聞社が掲載すべき記事はあるんだろうと思います。
そういいつつ、新聞の無料オンライン版を読んでいます。

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