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2013年5月

もう6月になっていた&「英語は単語さえ~」について



あ、アジサイが咲いている、と思ったのは5月末。
長いこと、6月の終わりになってから、「ああ、もう7月に
なるのか」と思っていたから、今年は少し気分的に余裕が
持てたということです、きっと。

中学生を対象に英語塾を始めたのは約4年前でした。
7月という中途半端な時期に始めたので、中学3年生は
指導対象とはしていませんでした。

しかし、さまざまな事情から中学3年生を引き受けることになり、
その後、高校生も引き受けることになり、今は高校生と大人が
生徒さんの主体となっています。

この約4年間に気づいたことの1つに、

「英語は単語さえ覚えればなんとかなる」

と思っている人が多い、ということがあります。

確かに単語の意味がわかればある程度は話の内容は
わかる。しかし、考えてみてほしいのだけれど、単語だけ
覚えればなんとかなるなら、どうして高校の授業は
単語だけにとどまらないのだろうか。

そして、「単語さえ~」と考えている場合、
単語が覚えられないと焦りが増すようです。単語は
自分が計画どおりに覚えられないこともあります。
覚えられないものは繰り返して覚える必要がある。
つまり、覚えるのに時間がかかることもある。

さらに言えば、「単語さえ~」と言う人はどうして単語に
こだわるのか、一度考えてみたほうがいいでしょう。
心の奥には、文法を勉強するのがめんどう!という気持ちが
隠れているかもしれません。入試までに時間がないことに
ただ、あせっているのかもしれない。

それに、「単語さえ~」といっても、全ての単語を覚えられる
わけではないし、試験問題に出てくる単語を全て知っている
高校生なんてそう多くはないでしょう。類推できる単語もある。

単語を覚えられなくてあせる気持ちは私も感じたことがありました。

私は単語集を使って覚えるのが単調で嫌いだったので、
早々に諦めました。教科書に出てきた単語をひたすら辞書で
引いて覚えただけでした。辞書を引いて覚えたことはよかったと
思ったけれど、振り返ってみれば、単語集もなかなか覚えられ
なかったとしても、ダメもとでページをくるぐらいのことは
しておいてもよかったなと思う気持ちもあります。

単語集を使って覚えるのが苦手な人は、教科書でも教材でも
実際の入試問題でも、解きながら辞書を引いて出てきたものを
覚えていけばいいと思います。今なら電子辞書もあるわけだし、
時間も短縮できそうです。教科書や教材に出てきたものを
単語集で逆引きするという手もあります。

私はこの逆引き方法を塾で実際に行ってます。

単語集に出ているだけだと、「へ~」で終わりだとしても、
実際に勉強している文章の中に使われている単語なら
「覚えなければ」という緊迫感を持って覚えられるし、
こういう場面で使う単語なのか、と理解が深まることもある。

「単語さえ~」と思うときは、なぜ自分がそう思うのか、
ちょっと引いて考えてみるといいかもしれません。そして、
もし「文法や読解の勉強から逃げているだけ」ということに
気づいたとしても、自分を責めないことが大事です。

淡々と勉強を始めるチャンスです。

大学、高校入試向けに英語を指導しています。
指導をご希望の方は夏休み前の開始をお勧めします。
お気軽にお問い合わせください(「メール送信」をご利用ください)。

伸び縮みする時間+グリーンピース

グリーンピースをたくさん買った。子どものころから知っている
おばあさんがいつも売りに来てくれる。

おばあさんは私が子どものころもおばあさんだった、
と私は思っていたが、今も腰が曲がったくらいであまり
変わっていない@@

おばあさんはいつも私に「おかあさん、いる?」と聞く。
40歳を過ぎても、私はこの町にいる限り、子どもなのだ!
まったく、じぇじぇじぇだ。時間が止まっているのだろうか!

面白すぎる。

最近、時間について面白いことに気づきました。

「あれやらなきゃな~、でもまだいいや」とか、
「ありたくないな~、後回しにしても間に合うからいいか」とか、
思っているときは、時間がゆっくり流れているように感じている。

でも、やり始めて気分が乗ってくると、
「あれもやらなきゃ。でも、もう時間がない」とか、
「あ~、もっと早い時期に手を付けておけばよかった」とか、
時間があっという間に過ぎていくように感じる。

たぶん、最初に「やりたくないな~、でもまだいいや」と
思ったときに「ちょっとだけでもやってみよう」と思って着手した
としても、やっぱり「あ~、時間が足りなかった…」ということになると思う。

時間が伸び縮みするとは思えない(でも、時間の伸び縮みについて
研究している人がいると聞いたことがあるから、実は伸び縮みして
いるのかもしれない)けれど、そんなふうに感じることは確か。

始めてしまえば時間は足りないと感じるでしょう。そして、
「あ~、やだな~」とか、「できるかな」とか、着手しないことによって
生じるストレスを回避するなら、やっぱりやるしかない。

自分で思い切って始めるのみだ。こればかりは、自分以外の人は
どうすることもできない。教える仕事をしているといつも思うことだ。

英語の勉強や受験勉強についてのお話でした。たぶん、勉強
以外についても同じなんでしょう。
私も山ほど後回しにしていることがありますので、人のことばかり
言えないんですが…。ま、それはそれ、これはこれ、ってことで。

グリーンピースのさやをむき、ボール2つ分の豆を洗っていると、
1粒ころりんとボールからこぼれた。ためにしそれを生で食べてみたら、
渋くてまずかった!ごはんと炊くとあんなにおいしいのにね。

「答えより疑問」と友達は言った



先日、イヌの散歩ですれ違った小学生の男の子が
イヌが怖いよ~と言ったあと、「あ、空が!」と叫んだ。振り返ったら、
厚い雲の隙間から午後の光が漏れていた。

さて、先日、友達がいいこと言ってました。

私が友達に、「仕事でこれこれこういう人がいて、本当にすごい
と思った」という話をしたら、「なんですごいと思ったの?あ、
この質問に正しい答えはないよ」と言われた。

友達いわく、なぜその人がすごいのかを考えれば、自分が
そのレベルに到達する方法を知ることができる。

この場合、「有名大学を卒業したから」、「生まれながら
環境に恵まれていたから」など、外部要因を挙げても意味がない。
どの点がどうすごいのかを分析すれば、改善すべき
自分の問題点が見えてくる、ということでした。

そして、ラッキーなことに、私は今、その「すごい」と思う人に
ついて、何も知らないのです。だから、その仕事の内容を
よく見て、分析すればいい。

さらに、ここからは私の思ったことなのですが、そのレベルに
到達できるかどうかは関係ない。少しでも進歩できればいい。
その進歩のための材料が疑問なのです。

友達はさらに、「答え(answers)より疑問(questions)が大事」
と言ってました。友達はもっといい表現を使っていたのだけれど、
思い出せない。う~、惜しい!

いきなり答えをもらってそれを実行しようとするより、疑問から
始めたほうが全体を調整することができるように思う。なんにせよ、
自分のやり方が全部悪いことはないでしょうから。

冴えてる友達です!

なんて無粋な…、いや、原因と結果か



4月末のツツジ。池のほとりにて。

おととい、「本を読む人は問題の読み間違いが少ない」と
書きました。こういうことを書いたり、思ったりするとき、

「私って、なんて無粋な人間なんだろうか」

とつくづく思います。面白くない大人になってしまった、と。

本は「読みましょう」と言われて読むより、

「読んでみようかな」、「面白そうだな」

と思って、自分から読んだほうが断然面白い。

つまり、本を読んだ方が人生が面白く感じられたり、
本に救われたりすることがあるから、読んだほうがいいと
思うよ、と言いたいのです。

そんなふうに本を読んだ結果、気付かないうちに
読解力がついていて、テストの問題の読み間違いが
なかったり、国語が得意になったりするのです。

というわけで、「本は楽しいよ」というのが本筋の話で、
テストうんぬんというのは副産物、もしくは結果として
ついてくるもの、というふうに考えています。

私は子どものころから本に支えられて生きてきたので
「本はいいよ!」と言いたくなるのだけれど、
それは例えばプロレス好きの人が、「プロレスには
人生の全てがあるよ!」と言うのと同じかもしれない。

そう思うと、強要はできないですよね…

小学生だったとき、プロレスが人気だったけれど、
何がいいのかまったくわからなかったな。そういえば、当時は
スーパーカーも小学生に人気があって、町であった
スーパーカーの展示会?を小学生がこぞって見に行ったけれど、
私にはその良さはまったくわからなかった。

昔から長いものに巻かれてたな、私。

とにかく、人には人の趣味があるので何かが「絶対にいい」とは
言えない。それでも、読んで思考を鍛える時期が人生には
必要だとも思う。

ああでもない、こうでもない、と書いたけれど、
やっぱり「本を読むといいよ!楽しいよ!」と言いたいです。

夕日一歩手前




イヌの散歩時に見た夕日一歩手前。

英語と国語

英語を教えていると、国語あっての英語、と思うことがあります。

あまり英語の外へ外へと話を広げていくと収拾がつかない、とも
思わないでもないけれど、日本語で英語を勉強している以上、
「英語は英語、国語は国語」とは割り切れない。

それは中学でも高校でも同じです。

私が教える仕事をするなかで実感しているのは、

「本を読む人は問題の読み間違いが少ない」

ということ。

英語でも日本語でも、読むことに慣れることは
とても大切なんだな、と改めて思います。問題を解く前に
問題を読み間違えていたら、もったいないことこの上ない。

日本語を読みなれている(これ自体、変な日本語…)人は
英語の読み間違いも少ない気もします。

しかも、大学入試になると、現代文の文章も簡単ではないので、
それなりに読むことに慣れていることが大切でしょう、たぶん。
(国語の参考書にはなんて書いてあるんだろう。)

慣れは「今日やって明日できる」というものではない。
というわけで、塾では「(日本語の)本を読んで」と言っています。

こんな学校もあるそうです。
「朝の読書、論語音読、日本語授業…
注目集める「国語力」強化校 英語偏重に警鐘
(産経新聞ニュース・West ライフ)

センター試験対策を考えているこの頃

しばらくぶりの更新となりましたが、相変わらず
英語を教え、翻訳をしています。

もっとうまくなるにはどうしたらいいか(→翻訳)を考え、
もっと勉強してもらうにはどうしたらいいか(→塾)を考え、
どっちも「今日の明日」というわけにはいかないことに気づく。

そして、自分次第でどうにかなるかもしれないこと(→翻訳)と
自分ではどうにもならないこと(→塾)の両方を経験して、
忍耐が試されているなと思う。

忍耐力がないと、忍耐力をつける機会が向こうからやってくるようです…

試されることがきつくてきつくて、逃げたくなっていましたが、
なんとか踏みとどまってここにいます。

「自分ではどうにもならない」と言ってしまっては身もふたも
ないけれど、英語は塾で勉強するだけでは足りないので、
どのくらい自分で勉強してくれるかが勝負なのです。

生徒さんはそれぞれ考え方も違うし、事情もある。今の時代、
暇な人はいない。その中でどうやって勉強してもらうか。

私は具体的に教えることやアドバイスはできても、
勉強するのはご本人なのです。

目下の課題はセンター試験対策。
今はリスニングの強化について考えています。

地道に過去問を聞いて、耳をならしていくのですが、
練習を始める前に、「なぜ聞き取れないか」を
具体的に分析することがとても大事です。たとえば、

・そもそも単語を知らない
・単語は知っていても、音として聞いたことがなかった
・定型の会話表現を知らなかった
・英語を聞くことになれていないから、速く聞こえる
・イントネーションに引っ張られて、わからなくなる

などなど、自分はどんな状態にあるのか考える。
あ~、こんなこともできない、といって落ち込む
ためにするわけではありません。対策を考えるために
現状を把握するんです。

私は高校生のとき、こんなふうに考えられませんでした。
でも、大人になって、自分を客観視することの大事さを
思い知らされたし、それができる人の強さも知りました。

もちろん、客観視できるできないで、人の優劣が決まる
わけではありません。

さあ、センター試験を受ける人も受けない人も、高校
受験がある人も、がんばりましょうか!

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