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2013年7月

クセを直す~英語の場合




伊豆・浄蓮の滝にて。
滝の周辺だけ涼しくて別世界でした。

クセを変えるのは辛抱強く努力することが大切なんだな、と
英語を教えていて思います。それは生徒さんを見て、という
意味もありますが、教える側の私のクセについても思うことです。

英語を暗記で乗り越えてきたら、「英語は暗記」という考え方の
クセからなかなか抜けられない。頭ではわかっていても、
「とりあえず暗記で」ということになりやすい。

確かに単語を覚える必要はありますが、覚えることをなるべく
少なくする努力をしたほうがラクです。ただ、習慣は変えるよりも
維持したほうがラク。だから、「暗記」という習慣に流れてしまう。

生徒さんによく見られるクセのひとつです。

私のクセは「つい一生懸命になってしまう」こと。「一生懸命になる」
なんて、なんていい先生、と思うなかれ。これまでに何度か書いたように
私が一生懸命になっても、当人がそうならなければ意味はない。

「一生懸命になる」というクセをやめる努力中ですが、
これがまた難しいんですよね。私にとっては「一生懸命になる」ということ
のほうがラクだから。

冷静に見守る訓練中です。

クセを直すには、「クセを直す」と決意して、クセを捨てられないときも
「ああ、また同じ間違いを繰り返しているな」と思いながらまた
クセを直す方向で行動するのが遠回りのようで近道なんでしょう。

ポイントは

「そんな自分を責めない」

です。

以前、同じような話を書いた気がしますが、そんな思いを新たにする
日々なので、また書きました。

そんなことを考えつつ、昨日の日経新聞の夕刊をめくっていたら、
オシム元サッカー日本代表監督の言葉を発見。

通訳の千田氏によると、オシム監督は小倉勉氏(大宮アルディージャ・
テクニカルダイレクター)に、「話が長いぞ」と注意していました。

もっと選手に考えさせろ、ということだったそうです。

必要な言葉には何らかの形で出会うものなんだな。

気持ちのスイッチを切り替えるのは自分、と思う

三島市の公園にて。
光っているのは公園の木陰を流れる小川。涼しげ。

教える仕事をしていて気づくことがある。

「勉強したくない」から「やろう」もしくは「やらなければ」
に気持ちのスイッチを切り替えるのは勉強する本人だということ。

当たり前のことだけど、私に「できるようになってほしい」という
気持ちが強すぎると、「なんとかして勉強してもらわねば…」とか
「勉強させなければ…」という執着心が生まれる。とほほ。

でも、勉強するのは私じゃない。

勉強する、しない、を決めるのは私じゃない。

本人以外が決めることはできない。

本人が第3者の意見を聞いて、心が動かされることがあっても、
それは本人がその意見を受け入れたから。受け入れない自由だってあるし、
そもそも受け入れなくたって悪いことじゃない。

本人がスイッチを切り替えられる環境を作るのが私の仕事。
切り替えるのは本人だ。

自分で「やる」と決めると、大きな力が湧くようです。
塾を始めてから4年間のうちにそういう瞬間に何度か出会いました。

私のような第3者が見ても、切り替わったことはわかります。

それは、考え方が

「教えてもらうからできるようになる」から
「勉強したからできるようになった」に

切り替わる瞬間でもあるように思います。

そういう瞬間に立ち会ったとき、人間の力を感じて
感動の涙が湧いてきます(そりゃ、教えているときは泣きませんよ)。
それまでの紆余曲折を思い出せば、目も潤むというもの。

個人塾で教える醍醐味ですね。

夏休み講座を実施します。通常より指導時間を延長します。
ご関心のある方は「メール送信」よりお問い合わせください。

まず知る必要があるのは構造です―その2



近所の田んぼを通りがかったときに撮影しました。
6月25日と比べると、稲がだいぶ育っています。成長早いな。

さて、前回の続きで、英語を教えていて気づいたことを書きます。

「構造を~」と言いましたが、それほど難しいことではありません。

中学3年生までに習う基本的な形のことです。ただ、中学校では一つひとつ
3年間かけて教わるため、全体として「英語の構造はこうですよ」
というイメージができていないようです。

私も中学生だった数十年前に参考書か問題集で勉強しているときに、
「文型」とは何か???と悩んで、「こんな感じかな~」程度の理解をするにも
(当時の私が理解できる範囲で)苦労した記憶があります。

記憶はデフォルメされるので、「本当に理解していたのか」
いう疑問は残りますが、それはさておき、というかさておかせてください。

ともかく、文の構造がわからないと正しく内容を理解できないので、
例えばテストでは正しい答えを選べない、ということになります。

ただ、受験生の場合は、「入試レベルの勉強をしなければ…」とあせる気持ちが
あるようです。というより、あって当然か。
文の構造を学ぶ以上にはやる気持ちにどう対処するかが課題かもしれません。

しかし、「単語が適当に並んでるだけだろう、ひとつ二つ場所を変えたって
どうってことないさ」という認識から、「おお、こう繋がっていたのか!そりゃ
勝手に変えちゃまずいわ」と気づくことができれば、だいぶ頭がすっきりするはずです。

Good luck!

まず知る必要があるのは構造です。



炎天下でも涼しげに咲く花。

前回、「英語の文章を理解するにはまず、主語は
どこまでかを見極める必要がある」と書きました。

どうしてそんなことを書いたかといえば、

学校の先生が授業中に教えてくれる訳文や問題集、参考書の
訳のように美しい訳に引っ張られて、文章の構造を無視した
読解を行っている例が見受けられるから、

です。

私は何十人規模で生徒さんを教えているわけではないので、
「多くの生徒さんがそうしている」と言えるほどの具体的な例を目撃したわけでは
ないのですが、そうした傾向は明らかにある、と感じています。

簡単な例を挙げて考えてみます。

The news made me sad.

を直訳すれば、

「その知らせは私を悲しくした」

ということになりますが、さすがに不自然です。
小説やドラマのナレーションでは使うことがあるかもしれませんが、
日常会話ではそのような言い方はあまりしません。そこで、

「知らせを聞いて、私は悲しくなった」

と訳すことが多いのです。辞書にもそうあります
(makeで辞書を引いてみてください)。

でも、よくよく考えてみれば、

The news made me sad.

の中に、「聞いて」という単語は入っていない。しかし、
訳に合わせて原文を理解しようとすると、

「madeが『聞いて』か!」という結論に達してしまいます。
私が目にした例はもっと複雑な文章でしたが、基本的に
上記と同じことが起きていました。

しかし!

残念ながらそれは間違い。文法を無視して単語だけで意味をつなごうと
しているからこうした問題が発生します。

文型(この場合は第5文型=SVOC)を理解してから
訳を考える必要があります。

英語が得意という生徒さんでも、構文を理解せずに、
「なんとなく」正解している例もあるので要注意。

「なんでこういう訳になるの?」

と考えて構文から考えれば、先生の訳や参考書などの訳がそれこそ役に立つ!
そして、似たような文や問題が出てきたときにそれを理解したり、解いたり
することができる。そのための文法なんです。

一生懸命勉強しているのに、勉強した内容をテストで再現できないなんて
もったいない!

というわけで、文の構造を理解してきちんと英文を読むには
夏休みを使って文型を復習することをお勧めします。

逆に言えば、文型を含めて文章の構造がわかって、単語の意味が
わかれば、難しい文章の読解もできるということ。

Y's English Garden (静岡県伊豆の国市)でも夏休みに指導を受けたいと
いう方を募集しています。詳細は画面左上の「メール送信」から
お問い合わせください。

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