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2013年11月

やっと実ったレモン&「人は聞きたいように聞いている」




植えてからたぶん3年目のレモンの木。
今年初めて少しだけ実を付けました。やった~、やった~!

実をつけても大丈夫、と木が思うまでにこれくらい時間がかかったのか。

さて、教えるようになってあれこれ気づくことがあります。
今回は「人は聞きたいように聞いている」ということについて書いてみます。

これは驚きであり、困ったことでもあり、同時に面白いことでもありました。

リスニングについて説明していたときのことです。
私は誰でも超入門から始めたほうがいいと思っているので、
超入門の練習方法について説明しました。

「いきなり速いスピードで流れる長文を聞いてもわからないから、
短い文章や会話文から始めて」

と言って、具体的にやり方を説明しました。
その上で、実際にCDを聞いてもらって、その方法を試してもらいました。

だから具体的なやり方はわかっているはずです。

そして生徒は私の話を聞いたあと、最後にこう言いました。

「長文を聞き流します」

え~~~~???

私そんなこと一言も言ってないよね???

短い文章から始めてって言ったよね???

今、一緒にその方法をやったよね???

結局、私の助言は耳に入らず、生徒は自分がずっと思っていること(信じていること)を
自分で確認しただけだった、ということです。

実は、これって特定の生徒の話じゃなくて、しょっちゅう起きています。

ここでは、リスニングの勉強方法という具体的な話なので
こういう「変換」に気づきやすいのですが、日常生活で誰もが
やっていることなんだと思います、大人も子どもも。

こういうときはもちろん、

「そんなことは言っていません」

と言って、説明し直します。

しかし、最終的にどう受け止めて、どう行動するかは本人次第。
私がどうこうできると思うこと自体、僭越な話です。

「しっかり(またはちゃんと)話を聞きなさい」

と小学校から高校まで先生方は言っていましたけれど、

「しっかり」とか「ちゃんと」ことがどういうことかは教わったことがない。

先入観とか予断を持たずに話を聞く、ってことなんだと思いますが、
それ自体が難しいもんなんでしょう。

十人十色、と言いますが、一つのことを100人が聞いたら100通りの解釈がある。
それでも毎日、世の中は動いている。

考えてみたら、それ自体驚くべきことでした!

まとめとしては、

人の話を聞くときは、自分の考えにしがみつかない、そのアドバイスを生かしたいなら、

ってことでしょうか。

必要なのは観察すること


ある日の夕方の西の空。

「苦手なもの…」つながりで書いておこう。


小学校の理科で観察することを学んだ。正直なところ、

「なんでこんなことやるの?」

と思っていた。面白いとはまったく思っていなかった。先生がた、ごめんなさい。

しかし、今は観察こそ、あらゆる面で最も大事なことの一つだと思う。

まず、観察しなければ始まらない、と言ってもいいくらい大切だと思っている。

英語塾でも観察するように言っている。

主語はどれか?

主語はどこまでか?

この文には何が欠けているか?

などなど。

なんとなく単語の意味をつなげてフィーリング?で読解する癖がついている人は

そう聞かれるとぼう然とすることが多い。

ぼう然としているからといって、私が一生懸命説明してばかりではダメで、

本人が何度間違えても、どれが主語、どこまでが主語、動詞は自動詞か他動詞か、

を答えられるようになる必要がある。

しかも、

「こんなことさえわからないなんて、私ってばかじゃないか」

なんて考えないことが大事。

観察なんだから、自分という要素をまぜてはダメです。

苦手なものを観察する訓練から始めよう、というお話でした。

苦手なものは実は…




今朝6時半、日の出頃。


最近気づいたのだけれど、

「苦手なことは『できないこと』ではなくて、『経験値が低い』だけこと」

なのではないかと思うようになった。

そう思うようになったのは、教える仕事をしてからだ。

それまでは、「賢い人や能力のある人はできる、でも、私にはできない、残念」

と思っていた。優れた能力のある人たちと仕事をしてきたからで、

その人たちは若くても年配者(失礼…)でも軽々と仕事をしているように見えた。

そして、今、英語ができない、苦手、覚えられない、わからない、という人たちに出会う。

話を聞いて、実際に教えてみると、

「ただ勉強量が足りないだけじゃないか」

「ただやり方がわからないだけじゃないか」

「そもそもの基本がわかっていないだけじゃないか」

と思う。


「できない」→」「やらない」→「わからない」の悪循環にはまっているだけだ。


苦手なことでも繰り返しやってみるとできるようになるし、「まあ、なんとかできる」

と思えるようになる。百に一つの確率で、得意になることもあるかもしれない。

それには、

「できない」を乗り越えるガッツ



「わからない」を乗り越える忍耐

が必要だ。


私の苦手なことの一つは「言いにくいことをずばり言うこと」。

私にはそんなことはできないだろうと思っていたが、自分で仕事をやっていれば

やりたくないではすまない。人に頼むこともできない。


で、「やだなー、やだなー」と思いつつ、苦手なことに取り組むうちに、

「いやだからやってこなかった、だから苦手になって、

『私は苦手、下手。だからやらないほうがいい。得意な人にまかせとけばいい」

と考えていたことに気づいた。

場数を踏んで失敗して、できるようになる、というのがいいんだろう。


お金を出せば解決できることも世の中にはたくさんある。

自分でできないことや自分が不得意なことを他人に頼むことで社会が成り立っている

ともいえる。お米を農家の人に作ってもらうとか、洋服屋さんに洋服を作ってもらうとか。

だから、苦手なことやできないことがあるのは悪いことではないし、むしろ当たり前といえる。

なんでもできる人はいない。できても、なんでもやっている時間はないし。


ただ、自分がやる必要があること、自分がやりたいことに付随してくる苦手なことは

失敗しながらできるようになっていく必要があるんだろう。

と、自分を励ます今日この頃です。

 

教科書・参考書・辞書



英語塾で使っている教科書、参考書、辞書の一部です。

基本的に中高生の生徒さんについては、それぞれ学校で
使っている教科書や参考書、問題集を使って指導しています。
必要があれば、プラスの問題集を渡しています。

学校によって教科書も考書も違いますし、同じ学校に通っていても
人によって進度も違います。受験する学校によって問題の傾向もさまざまです。

というわけで、それぞれ教材に目を通して指導の準備をします。

大人の生徒さんもそれぞれ勉強する目的が違うので、これまた教材が異なります。

これが個人指導塾の変さでもあり、面白さでもあります。

それでも、教える内容が偶然重なることがあって、これがまた面白いんです。

例えば、Aさんにある文法を説明したあと、Bさんが勉強する教材に
Aさんに説明した文法が出てきたりします。そうしたら、Aさんに説明した
ことを使ってBさんにも説明できるし、翌週、AさんにもBさんの
教材を使って復習してもらうことができる。

Cさんの教材に出てきた内容が誰にとっても面白いものなら、
生徒さんの進み具合に関係なく、ミニ知識として説明することもあります。

そういうとき、「おお、この生徒さんと私はなんと運がいいんだろう」と思います。

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